バカンス気分が一転。南国マレーシアにて、クールジャパンの寒すぎる実態を目撃することになるとは、文筆家・古谷経衡氏も思ってもいなかったという。
第二次安倍政権の成長戦略の欺瞞を、クアラルンプールの“官製”百貨店から、古谷氏が現場報告する。
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私が赤道直下のマレーシアにバカンスで降り立ったのは、ちょうど92歳のマハティールが同国首相に返り咲いた2018年5月の末であった。
同国首都クアラルンプールは都市圏人口を含めると700万人の大都会である。
この一等地、ちょうどツインタワーを見上げるブキッ・ビンタンの交差点に、第二次安倍政権が国策として進めるクールジャパン戦略の最重要拠点の一つ、
地下1階地上4階、総売り場面積1万1000平方メートルの「ISETAN The Japan Store」が存在することは、事前に知っていた。
クールジャパンの前衛である、実質的な国策ファンドであるクールジャパン機構(以下機構)は、このJapan Storeに9億7000万円の投資を行って2016年に堂々開業していた。
官が入ると商売は失敗する、というのは士族の商法以来の我が国のお家芸とも言えるが、可も無く不可も無くやっていると思い、今回の視察は1時間で切り上げる予定でいた。
ところが、そこで見たのは10億円の血税を投入した一等地の日本百貨店の、余りにもむごたらしい悲惨な現実であった。
生鮮食品売り場には客は居らず、山梨県産のぶどうが2房2万円、桃が5個で1万円、いちご(大)1パック2000円。日本で300円未満で買える缶詰類やドレッシングが1000円〜という法外な値段で客は誰も入っていない。
2F日用雑貨コーナーでは、日本で「安かろう」の代名詞である雪平鍋が1個1万5000円。謎の仏像が11万円。柴犬をかたどったプレートが15万円という、意味不明の値付けで当然客はなし。
しかもクールジャパンを謳っておきながら、スター・ウォーズの合金製模型が1個数万円から展示販売されていて開いた口が塞がらない。
3F文化コーナーにも人影は全くなく、日本列島の壁面モザイクだけが辛うじてここが「日本百貨店」であることを伝えるが、現実には売り場の大半を占めているのはウォルト・ディズニーとデンマークのレゴブロックである。
◆怒りと諦観とも似つかぬ感情に
これのどこが日本文化だというのだろうか。それとも、日本文化とは米国文化と同一であり、日本はアメリカの属国であるという皮肉の意図がこの品揃えには反映されているのだろうか。
流石に深読みが過ぎる。単に、現場や官が、日本の現代カルチャーのことを何も知らないだけなのだ。
現代日本文化の核となるはずの大友克洋も押井守も宮崎駿も王立宇宙軍のDVDも漫画も一冊も置いていない。
こんなものに血税10億弱が投入されていることなど、日本では報道されていないし、現地に行くまで知るよしも無かった。
私は怒りとも諦観とも似つかぬ感情で帰国し、直後ヤフーニュースでこの模様を大々的に写真付きで記事にした。すると膨大な反響があり、私の名前が世界のツイッタートレンドランキングの11位になるまでに至った。
やはり機構が血税を投入したこの世紀のハコ物「The Japan Store」に対する納税者の怒りは凄まじかった。
偶然とは思うが、機構は私の記事が出てから約30時間後に、このクアラルンプールの日本百貨店から完全撤退することを発表した。報道によると、年5億の赤字を垂れ流していたのだという。
当たり前だ。日本百貨店なのに日本の文化は置いて居らず、フルーツ王国マレーシアで100円未満で買える果物が2万円の値付けがされているのだから、現地人は誰も入らない。
実に開業から2年で血税の投入は終了したわけだが、この間垂れ流し続けていた赤字の補填は、結果国民負担となるのではないか。
「撤退しました」では済まされない、余りにもお寒い官製クールジャパンの実態を南方で観たのである。
そもそもクールジャパンとは何か。1990年代に、北米や欧州で大ヒットした質の高い日本産アニメを「ジャパニメーション」と呼んだ。これが前述した大友や押井、宮崎等々である。
ひと言で言うと、クールジャパンとは、この「ジャパニメーション」に、日本食・日本酒・日本のデザイン・日本の伝統工芸や服飾などを恣意的にくっつけた複合体である。
しかし官はそもそも、クールジャパンの根底にある押井や大友作品に無知なので、畢竟(ひっきょう)その中心は経済産業省の官僚でも理解しうる日本酒や日本食に集中する。
https://news.infoseek.co.jp/article/postseven_709621/