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盗難NEM交換「あれ僕がやった」 突然現れた男の告白
その男性は昨年、ふらっと私の眼前に姿を見せた。約580億円の暗号資産(仮想通貨)がハッキングされた「コインチェック事件」で、ハッカーが盗んだ暗号資産を手持ちの暗号資産と交換し、手に入れたとして警視庁に逮捕された大阪市の会社役員(39)だった。
出会いは思いがけない形で訪れた。
自ら記者に近づいてきた男性は逮捕されるまでに複数回、取材に応じました。警察の捜査の様子、盗まれたNEMを交換した手口……。男性が語った一部始終を振り返ります。
昨年11月上旬、私は大阪市内にいた。あるイベントで講演を頼まれ、コインチェック事件取材の舞台裏について話をしていた。講演は暗号資産の業界関係者らの間で話題となっていたといい、多くの関係者らが詰めかけていた。
講演の間、50人近い聴衆の中で前から3列目の男性の存在が気になっていた。話をする私の動きから目をそらさず、熱心に聞いている姿が印象に残った。講演の最後、男性がこんな質問をしてきた。
「ハッカーの盗んだ仮想通貨を(手持ちの通貨と)交換した人たちがいたはずですが、どうなるのでしょうか。犯罪になる、ということですか?」
私は、犯罪の収益と知りつつその一部を受け取る行為は犯罪にあたる可能性があることを告げ、警察が捜査をしているという報道を紹介する形で、「そのうち事件になるでしょう」と答えた。
講演が終わると、男性は私に近寄ってきた。そして予想外の一言を発した。
「あれ、ボクがやったんです」
そう言い残してきびすを返し、会場を去ろうと歩き始めた。
私はその背中に向けて「お名前は?」とたずねた。
しかし、はっきりとは聞き取れなかった。
この時、男性を追いかけて、連絡先を聞き出せなかったことを悔やんだ。聴衆との名刺交換を振り切り、講演会場の片付けを後回しにする勇気がなかった。取材するチャンスを逃すという
記者として一生の不覚とその時は感じていた。一方で、どこの誰かわからない人物が突然言い出したことが本当なのか、という疑念もあった。
ところがその1カ月後の12月上旬、私のフェイスブック(FB)に知らない名前の人物からメッセージが届いた。
「こんにちは、憶(おぼ)えてらっしゃいますでしょうか、(中略)●●と申します」
男性が再び、私に連絡を取ってきた。そしてまたも、驚きの事実を打ち明けた。
「先月末に警察が捜査に入りPC等押収されました」
男性が事件に関与した被疑者なのだろうか?
私は男性に、取材として話を聞かせてほしいと返信をした。ほどなく男性から返事が届いた。
「はい、お会いできます」
昨年12月中旬、大阪市内で男性と再会した。
男性は中肉中背で細面に茶色いふちの眼鏡をかけていた。礼儀正しい言葉遣いと態度を見て、過去に取材したサイバー犯罪の容疑者と印象が重なった。いわゆる粗暴な犯罪者のイメージとは正反対だった。
男性は名刺を差し出した。合同会社の代表社員とシステムエンジニアの肩書があった。「株のトレードと暗号資産のアービトラージ(arbitrage=裁定取引)で生計を立てている」と語った。
アービトラージとは、暗号資産同士や通貨の取引レートを見ながら、売買を繰り返し差益を得る取引をいう。株と異なり、レートの乱高下が激しい暗号資産は、うまくいけば大きな利益が得られる。その取引を自動化するプログラムを自作している、とも語った。
男性は警視庁から家宅捜索を受けた「証拠」として、私物を差し押さえられた時に手渡される「押収品目録交付書」のコピーを差し出した。そして家宅捜索の一部始終を話し始めた――。
男性は何を思って、盗まれたNEMの交換を繰り返したのか。記事の後半では、彼が赤裸々に語った意外な「目的」も詳報します。
捜査員は告げた「あなたがトップランク」
昨年11月23日午前8時半ごろ、大阪市内にある自宅マンションのインターホンが鳴った。オートロックのはずなのに、いきなりドアホンの音がした。モニターには2人の男性の顔が見えた。「警察です。ドアを開けてもらえますか」。警視庁の警察官だった。
ドアを開けた。警察官に「なんで来たかわかる?」と言われた。
ドアホンの音で目覚め、寝ぼけていた。とにかく2人分のスリッパを出し、警察官2人を居間に通した。
うち1人が携帯電話をかけた。しばらくして、数人の警察官が部屋に上がり込んだ。合計8、9人だったと記憶している。全員男性だったという。
家宅捜索の令状を示された。「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反」と書かれていた。容疑者として男性の名前があった。