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カエルの行進、山で追う福岡、登頂達成は100匹に1匹?・「踏まないで」地元住民ら見守る
オタマジャクシに脚が生え、陸に上がるや修験の霊峰の頂をめざして登りだす。そんなヒキガエルが福岡にいる。いったいなぜ?
今年も無数のカエルたちが行進を始めた。
体長わずか1センチ。小さな褐色のカエルが5月12日朝、太宰府天満宮(福岡県太宰府市)にほど近い、宝満山(ほうまんざん)(829メートル)のふもとの池から上陸を始めていた。
まるで市民マラソンの一斉スタートのように密集し、か細い脚をヒョコヒョコ進めていく。中にはまだ尻尾が残ったものも。
「ここから40日ほどかけて山頂まで登るんです」。池の近くに住む渡辺利久男さん(78)=太宰府市=が水辺で観察していた。池は1合目と2合目の間に隣接して二つあり、山頂まで登山道で2キロ余り、標高差は約600メートルある。
宝満山は神が降り立つ山として古くから信仰を集め、中世には修験の地となった国の史跡。登山者も多く、登山道や山頂付近で春に子ガエルを見た人は以前からいた。
注目したのは渡辺さんだ。2010年春、池の水面をうねる巨大な黒い影がオタマジャクシの群れだと気づいて驚いた。
翌年2月ごろ、今度は大きなヒキガエルが登山道を池の方へ下りてくるのを見てピンときた。「山頂のカエルは、池で生まれて登っていった子じゃなかろうか」
登山仲間に話してみると「おもしろい」と観察の輪が広がった。
佐賀大学名誉教授(環境情報学)の田中明さん(77)もその一人。16年5月から観察を始め、その年は5月23日に最初の上陸を確認。その後、次々に山を登る子ガエルを追いかけた。
山頂への道のりは試練の連続だ。舗装された林道を横切る場所は最大の難所の一つ。タイミングが悪ければ林道を通る車にひかれ、道路脇の側溝に落ち込んだカエルは、深さ30センチほどの垂直の「絶壁」に行く手を阻まれる。カエルを好んで食べる天敵のヘビのヤマカガシは登山道の水場などで待ち構え、アリも群れて襲ってくる。
その年、山頂まで到達したカエルを確認したのは、上陸から約1カ月後の6月25日。1センチ足らずだった体長は倍ほどになっていた。
以来、毎年みんなで観察を続けてきた。
親ガエルはわき水の水温が最も下がる1〜2月に山を下って池で産卵し、子ガエルは5月中旬〜同月末に上陸する。雨の日は元気だが晴天時は岩陰や落ち葉の陰でじっとしているため、登頂にかかった日数は34〜48日と幅がある。1日平均では50〜70メートルほど歩く計算だ。今年の上陸は今までで最も早く、例年より早い梅雨入りで雨や曇りの日が多いこともあって順調に登り続けている。
山頂のカエルがふもとの池から登ってきたものかを厳密に調べるには、指の一部を切るなど目印をつけて観察するのが一般的だが、みな「気の毒でそこまでしきらん」と首を振る。
だが、確信はある。
これまでの調査では子ガエルを追ってほぼ連日山を登り、先頭集団がどこまで到達したか確認してきた。メンバーが登れない日でも、常連の登山者から寄せられる「4合目付近で見たよ」といった情報をまとめて到達地点を確認した。
山頂に姿を見せるようになるのはいつも、それまでの登頂ペースと矛盾のないタイミングだといい、「池から登っていることは間違いない」。山頂に到達するのは多くとも100匹中1匹程度と推計する。
■専門家「楽しいですね」・「市民遺産」に
それにしても、なぜ山を登るのか。
山頂にはヤマカガシがいないんじゃないかと仮説をたてて観察した。ヒキガエルに共通する習性じゃないかと、県内の別の生息地に住む人に話を聞きにいったこともある。
だが、山頂に天敵はいたし、同様の行動をするヒキガエルの話には出会えなかった。そんな中で見えてきた鍵がある。「におい」だ。カエルの嗅覚(きゅうかく)については過去、論文にもなっている。
田中さんは「カエルを踏んでしまった登山者の靴が、そのにおいを登山道につけていき、それをたどっているのではないか」と推測し、渡辺さんは「修験者が峰を駆け回っていた時代から続く習性なのかも」と想像を膨らませる。ただ、本当のところは「カエルに聞かんとわからん」。
九州両生爬虫(はちゅう)類研究会会長でカエルの習性に詳しい福岡教育大学名誉教授の倉本満さん(86)によると、ヒキガエルは普段は山林で暮らし、池のような流れのない水場で産卵する。カエルとなって池から上がると山へ向かうのは自然な行動で、「たまたま山頂まで至る個体がいても不思議ではない」と見る。一方で、山頂まで登る例はほかに聞いたことはないといい、「そこにロマンを見るのも楽しいですね」と話す。