あ
れ
ほ
ど
単
曲
ス
レ
は
立
て
る
な
と
言
っ
て
お
い
た
の
に
馬
鹿
で
す
か
?
マ
ジ
迷
惑
第1楽章の序奏は、テンポの速いのと遅いのがあるが、どっちが好み?
昔、テンポの遅いのが当たり前だと思ってたら、テンポの速いのを聴いた時は驚いた
しかも付点を二重付点で演奏するので
当時はバロックのフランス風序曲は、付点を二重付点で演奏するという説が有力だったらしいので
それをモーツァルトにまで敷衍したのはわからないでもない
テンポの緩急よりも演奏の質と説得力が肝心要でしょ。
第2楽章が素晴らしいと思うが、好んで聴く人が少ない
クラシック音楽館で久しぶりにこの曲テレビで放送された
セルの39番をわかっていない奴はクラシックをわかっていない
何十年か前、39番はワルターとセルとベームの3つでいいや、と思った。
古楽器演奏にはあまり食指が動かないので、今の同じような状況…。
ハイドンの交響曲第104番「ロンドン」を聞いてみたら、
第一楽章の雄大さが、モーツァルト第39番第一楽章と似ていた。
アーノンクーソで聴けば何でも手抜きに聞えるのは無理もない
50年代 ベーム指揮/RCO 当時安かったので買った。LP盤
50年代のべームはモツではないが、颯爽としたテンポで
かなり好感持てた。ライブは好きだ。
やっぱりワルター&コロンビア交響楽団かな。
前はニューヨークフィルとの旧盤が良いと思ってたけどオケが威力的でモーツァルトには不似合いだと思うようになった。
コロンビア交響楽団の演奏はニューヨークフィル盤より古典的スタイルで聴きやすい。
後はデイヴィス&ドレスデン・シュターツカペレが好き。
ムラヴィンスキーは、1965年のモスクワステレオよりも1974年
本拠地のほうがより引き締まってていいな。
なぜかモノラルだけど
第39番は第39、40、41番の中の序楽章的位置付けである
俺としては、この曲はダンスナンバーだと思ってるw
お気に入りはスウィトナー/ドレスデン。
「第39番はなんて気持ちのいい曲なんだろう」
アーノンクールの新録音を聴いていてそう思った。
第1楽章がハイドンの39番の第1楽章になんとなく似ているような気がする。
>>36の訂正。
第1楽章がハイドンの35番の第1楽章になんとなく似ているような気がする。 僕はこの曲の第3楽章メヌエットのクラリネットのソロがすこぶる好きだ
クリスティアン・カンナビヒ - Christian Cannabich (1731-1798)
交響曲第68番 変ロ長調
Symphony No. 68 in B-Flat Major
ダウンロード&関連動画>>
@YouTube
カンナビヒは、モーツァルトが敬愛した作曲家の一人 交響曲第39番の冒頭が似ている曲はたくさんあるよ。
同じモーツァルトだったら第36、38番も似ている。
ベートーヴェンだったらピアノ協奏曲第5番「皇帝」も似ている。
>>50
38番とのつながりはかなり深い気がします
36番は以前はあまり好きではありませんでしたが
なかなか良い曲ですね。 >>58
そう言えば「変ホ長調」っていうお笑いコンビいたな 第39、40、41番モーツァルトって本当にいろんな曲調の曲を書けるよな。
それぞれにいい味がある。
俺はこの曲の第3楽章のクラリネット・ソロがすこぶる好きだ
BSでやったアーノンクール来日公演
第1楽章でところどころ妙なタメが入るけど
ウィーン・フィルは極上だし
ハマるとやみつきになる
アーノンクール/ウィーン・フィル本当に良かったね。
第39番だけでなく第40番も第41番も全部良かった。
醜い嫉妬心剥き出しのアホさん、一千万円以上の年収を与える者に社会が要求してくることを知らなければ、モーツァルトは理解できませんよ?
何故、生徒は私に着いてくるのか?進学後も社会人になってからも相談が来るのか?
そろそろ認めなさい。
学校の授業が仮に魅力的であるならば塾も予備校も、そしてこの私も必要あるまい。
高校の担任が私に「知識は大事だ」と言った。私は、百科事典に出てることなら調べれば済む、知識は「何故」大事なのか?と問うた。
もっともらしい事を言ったような記憶だけはあるが、「もっともらしい」という記憶しか残ってない。
私なら「金になるからだよ」と、はっきり本当の事を伝える。
30年お世話になっている予備校では、「内は株式会社だ、結果がすべてである」と。痛快でしたね。望む所です。
トップが右といえば左、解るんですよ。結果、3年目には校舎長、その後7年間で社長賞3回。ハワイ!、ロス!、バンクーバー!でしたね。
入社3年目の夏のボーナス百万円。私に合ってる会社であった。
しかし、やはり「組織」。この組織ってものが、私には耐えられない。「3年待て」の指示に従い、晴れて円満退社第1号となり講師に。
1年目だけは退社時の年収八百万は保証してくれた。あとは、数千万になるか、戦力外になるかは自分次第。そして今がある。
講師としての激動の20年間を経て、私はいま人生という山の下山の八合目の見晴らしを眺望しております。
「K.466を」「K.488を」「K.595」をこの手で弾くことを夢見て。
あらたな目標は人生をより豊かなものにしてくれます。
再度、申します。何故、生徒達が私を「まるで神であるかのように見つめてくれる」のか…
そろそろ認めなさい。
さて、貴方方に音楽が解るかどうか、お題を一題。
バッハを始め、あらゆる音楽がモーツァルトという一点に集まり、モーツァルトという音楽に変質を遂げ、その音楽の核心は誰に引き継がれることなく「天空に」舞い上がった。
ベートーヴェンはバッハ、ハイドンから引き継いだものから独自の世界を築き上げ、その後の作曲家達の起点となった。
これは私の「直観」です。お解りですか?無理ですかね。ラファ。
>>76
>>75
私の昔のレスのコピペです。コピペマニアくん。悪いことは言わない。心の病の病院で診て貰いなさい。 それにしても、真理子さんや諏訪内さんの演奏会に、こんな連中が来ると思うとゾッとします。
3月の真理子さん、4月の諏訪内さんをそれぞれ3m/2mの至近距離で聴きましたが、こんなご時世でもあり、50cmほどの木刀を忍ばせボディーガード役も引き受けておりました(もちろん内々でのことです)。
真理子さんは小6の頃より存じており、2006年、八ヶ岳高原音楽堂では翌朝の朝食もご一緒し、今回その時の約束を果たす為、東京郊外のそのまた郊外に出向きました。
諏訪内さんは、2ちゃんねるで不穏な投稿がありましたので、特に至近距離の席を手配して戴きました。
クラ板だと言うのに、この有様。
7月のコンサート、特にサイン会、不穏な動きをしたら、6秒で片付けますから。
初めて会った時16歳だった「水原希子そのままのシロガネーゼ」、『i』さんが予備校を辞めて塾を立ち上げなければ、その出逢いは無かった。
私の人生でも唯一無二の思い出となったその後の5年間。
いきなり「モーツァルト レクイエム 怒りの日が聴きたい」と言い……
新宿/ディスクユニオンで一緒に探し、君は「これがいい」と鳥の羽が拡がるカラヤン盤を選んだ。
いつでも連絡は取れるが取らない。思い出を大切にしたいから。
クラ板の達は『ケチをつける/罵倒する/嫌悪する』ことが目的で書き込みしてますので、あー言えば上祐よろしく、何を言っても無駄なのですね。
お嬢弟子さんや私に対するイメージ(彼らの切ないほどの願望なのですが)がすでに固定観念として出来上がっておりますので……
その固定観念に反する言動は必ず屈折しデフォルメされて受け取られる。
現実のお嬢弟子さんや私が、その固定観念と異なる予感がするやいなや『全力で反撃を開始し出す』人達なのです。
固定観念と異なるのが余程の困るのでしょう。恐怖感すら抱いている節がある。
一昨年位までは此方もフィクションを交えて相手をしておりましたが、さすがに飽きまして、今は専ら………
『ピュアオーディオ@オープン2ちゃんねる/ヴォイス・オブ・ザ・シアター アルテック』
にて、ミレニアムさんと国際政治(主に軍事)やオーディオ談義をしております。
関連スレッドに「ピュアオーディオ@オープン2ちゃんねる/大英帝国の栄光タンノイその11」もあり、こちらは私の日記帳のような按配なのですが……
粘着「理屈と膏薬は何処にもつく」親父に付きまとわれ、現在は放置しております。
>>81
>>80
完全に無視されてますね。まあ、頑張りたまえ。
僕はハイドンの音楽もなかなか好きだ。形式の完備整頓、表現の清らかさという点では無類である。
併し、モーツァルトを聞いた後で、ハイドンを聞くと、個性の相違というものを感ずるより、何かしら大切なものが欠けた人間を感ずる。
外的な虚飾を平気で楽しんでいる空虚な人の良さと言ったものを感ずる。この感じはおそらく正当ではあるまい。
だが、モーツァルトが僕にそういう感じを目覚ますという事は、間違いない事で、彼の音楽にはハイドンの繊細ささえ外的に聞こえる程の驚くべき繊細さが確かにある。
心が耳と化して聞き入らねば、ついて行けぬようなニュアンスの細やかさがある。一と度この内的な感覚を呼び覚まされ、魂のゆらぐのを覚えた者は、もうモーツァルトを離れられぬ。 今日はこの数時間、ある曲を聴きながら亀頭を擦り続けている。 もう片方の手指に乳首にからめつつ……
『モーツァルト/ピアノ協奏曲23番k.488 2楽章(限る内田&テイト盤(420 187-2)/グード&オルフェウス室内盤(WPCS-10145))』
この曲はわたしにとって、モーツァルトの中でも(=この世に存在するすべての音楽の中でも)五本の指に入る大切な曲でなのであるが、その魅力の源泉は?となると答えに窮してしまう。
男娼の肛門の美しさやら、膣とは違うペニス締め付け、その官能的な溜息、喘ぎ声やら私の性的嗜好のあれやこれやの実相とか言ったイメージが浮かんでは消えたりするが、何のことはない、repeatを掛けたままマスターベーションの快感に数時間動けずにいる。
かつて「わたしが腹上死したらお経は要らない、この曲を流して欲しい」と頼み、今もその心境に変化は無いが、心境の源が変化しつつある事が少なからずわたしを驚かせている。
もっと沢山の男娼たちの肛門の中を私の精液で満たしたいのだ。
年齢を重ね、若かりし頃とは違った快楽に溺れる、そう言ってしまうと身も蓋もないが、7分余りの曲が数時間の自慰行為のBGMに堪え、尚聴きながら、亀頭の裏筋を刺戟し続けていたいと言うこの感情は何処からやって来るのか?自分でも整理出来ずにいる。
>>84
「誰でもモーツァルトの美しいメロディーを言うが、実は、メロディーは一と息で終わるほど短いのである。
或る短いメロディーが、作者の素晴らしい転調によって、魔術の様に引延ばされ、精妙な和音と混り合い、聴く者の耳を酔わせるのだ。そして、まさにそれ故に、それは肉声が歌う様に聞こえるのである。
モーツァルトの器楽主題は、ハイドンより短い。ベートーヴェンは短い主題を好んで使ったが、モーツァルトに比べれば余程長いのである。
言葉を変えれば、モーツァルトに比べて、まだまだメロディーを頼りにして書いているとも言えるのである」 >>85
「主題的器楽形式の完成者としてのハイドンにとっては、形式の必然の規約が主題の明確性を要求したのであるが、モーツァルトにあっては事情は寧ろ逆になっている。
捕らえたばかりの小鳥の、野性のままの言い様もなく不安定な美しい命を、籠の中でどういう具合に見事に生かすか、というところに、彼の全努力は集中されているように見える。
生まれた許りの不安定な主題は、不安に堪え切れず動こうとする、まるで己を明らかにしたいと希う心の動きに似ている。
だが、出来ない。それは本能的に転調する。若し、主題が明確になったら死んで了う。或る特定の観念なり感情なりと馴れ合って了うから。
これが、モーツァルトが守り通した作曲上の信条であるらしい」 ピアニストとしてのわたしですが、わたしは楽譜を見ることなどあり得ません。楽譜の「音符を一音一音目で追い掛ける」なんてことしていても、聴衆の魂にダイレクトに訴えかける音楽にならない。
指が完全に覚えてこそ「想いを指に伝えられる」んです。
小学5年生〜中学3年生の頃、バンド組んでエレキギターを弾いてたことありました(ダイヤモンドヘッドとかベートーヴェンの運命とか、中学の卒業お別れ会で体育館の壇上で演奏しました)が、楽譜なんか無かったですよ。
人から指使いだけ習い、あとはもう練習、練習、練習。
その後ですよ、自分の想いを指に伝えるのは。
ピアノはタッチ一つで想いが変化します。テンポはもう決定的に曲のイメージを支配します。
一音一音、音符を目で追い掛けながら…なんて、有り得ませんね。
もう一度申します、わたしは「中学のお別れ会で体育館の壇上」で演奏したんです。
どうせあなた達は、performance とは無縁の方々でししょ?わたしのレスを否定する、晶子さんのヴァイオリンに「どうのこうの言う」ことなど、百万年早い。
出直してらっしゃい。
>>88
「成り済まし」乙。
>>87
「誰も、モーツァルトの音楽の形式の均整を言うが、正直に彼の音を追うものは、彼の均整が、どんなに多くの均整を破って得られたものかに容易に気付く筈だ。
彼は、自由に大胆に限度を踏み越えては、素早く新しい均衡を作り出す。到る処で唐突な変化が起こるが、彼があわてているわけではない。
方々に思い切って切られた傷口が口を開けている。独特の治療法を発明するためだ。
彼は、決してハイドンのような音楽形式の完成者ではない。寧ろ最初の最大の形式破壊者である。
彼の音楽の極めて高級な意味での形式の完璧は、彼以降のいかなる音楽家にも影響を与えなかった、与え得なかった」 吉田秀和が、この曲を取り上げ、対比としてヨハン・シュトラウスをディスってる評論があったな
>>94
「主題と変奏」という本に収められた「モーツァルトの変ホ長調交響曲」 この曲ってobがないから大体クラが後列の真ん中に位置取ると思うんだが
はじめて生オケで聴いたとき、トリオでアルペッジョやってる方が
一番奏者なのかと思い「ああ、トップはメロディーじゃなくて
難しい方のパートを吹くのか、なるほどね」と勝手に勘違いしてた。
唐突にスマンが。
第1楽章 展開部から再現部に戻るところ あの一瞬の静けさ。神?が
舞い降りた、と思った。
>>103,104
それって、2拍子で振るか、4拍子で振るかの違いだっけ? 第一楽章の展開部って
アッというまに終わっちゃうね
後期3大交響曲で一番好き
14歳の頃はムラヴィンスキーばかり聴いていた(宇野さんが薦めてたから。当時は
宇野さんの評論との関係はまだ幸福だった)
特にあのマッシヴに推進するメヌエットがかっこよかった
現在ではアーノンクールの解釈のほうが「正解」かなと思ってる
ムラヴィンスキーの音響に馴れた(というか刷り込み)耳には初めて聴いた時はびっくりしたけど
エーリヒ・クライバー、ケルン放送響の演奏が良い
特に3楽章最高
>>94
39番序奏の後の主題の3つの音と
青きドナウの主題の3つの音の音形は
同じであるが、その後の3つの音
(レスポンス)が全く違う
これだけでモーツァルトとシュトラウスの
音楽的資質を現している
と言う様な内容であった
確かに命を削ってできた音楽と、お気楽な風に
聴こえる差はあるけどね
お気楽な音楽もあっても良いんじゃないの
レスポンスについては直純もブラームスの
第二コンチェルトのイントロの素晴らしさについて
何かに書いていたな
長々とつまらん話 ゴメソ いや第2楽章の和声はモーツァルトとしては他にあまり例を見ない先進性を持つ
第3楽章だけなら、どの演奏(CD)がベストだろうか?
なるべくデジタル録音のCDがいいなあ。
>>123
自分は39番はサー・コリン・デイヴィス シュターツカペレ・ドレスデンをよく聞いた。
モーツアルトは色々聞いたけれど自分はこのコンビが好み
東独時代のSKD、フィリップスの録音、そしてコリン・デイヴィス、ほろびしものはなつかしきかな ここまで読みました
ってあちこちに書いてるのもあんたかい?
最も速い演奏と考えられる快速テンポの39番教えてください
楽章によると思うなあ 第1楽章冒頭から快速なのが好みかな
古楽系は第1楽章冒頭のテンポを速めにするのが多い
付点リズムが取られているからバロックの序曲の延長と捉え付点を二重付点にするのもバロック流
モーツァルトの交響曲の緩徐楽章はハイドンのがラルゴ〜アレグレットと曲によって幅があるのと違い常にアンダンテ
39番の序奏は少しゆったりしたテンポの方が好きだな
時代遅れなのかもしれんが
誰でもできる確実稼げるガイダンス
念のためにのせておきます
グーグル検索『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』
TBC3D
お前らが大好きな第3楽章は俺も好きだよ。聴いててうれしくなるし。
第3楽章はそこまで特徴ある演奏ってないよねテンポに関してもちょっと速めかちょっと遅めぐらい
第1楽章の序奏ほどにはテンポに大きな開きはない
>>142
> 第3楽章はそこまで特徴ある演奏ってないよね
カラヤン晩年のデジタル録音は重厚感がある。 やっぱセルだな
重過ぎず 軽過ぎず
早過ぎず・・・
CD買うなら、音質が良いデジタル録音のCDという気持ちは理解できるが…。
晩年のベーム/ベルリン・フィルの世紀音源出たのか?
ピリオドアプローチでおすすめの演奏があれば教えてください。
最近のモーツアルトのシンフォニーのトレンドについていってないので
昔風はデイヴィスSKD、カラヤンBPOを好きで聞いてきました。
ベームは苦手でした
ピリオドだけどピリオドアプローチじゃないコレギウムアウレウム
ベームのモーツァルトは分厚くて重たくて苦手だったけど
39だけは許せた でもセルが最高だな
他のも随分聴いたけど なんで こんな演奏するのって感じ
古楽系はライヴは面白くてもCDは全然面白くないのばっか
すごくおもしろい在宅ワーク儲かる方法
少しでも多くの方の役に立ちたいです
検索してみよう『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』
5N0
アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団の第3楽章は早い
アーノンクールはFMで聴いた太鼓連打やポストホルンが
面白かったので CDを買ったら即興的で面白かった所が
普通の演奏で全然違うツマラナイ演奏だった
それ以来俺に取っては鬼門演奏家になってしまった
そんな俺が満足しそうなお薦めってある?
コンセルトヘボウやコンツェントゥスムジクス振ったのはオススメヨーロッパなんたらはイマイチ
>>162
激しい演奏というか、速い演奏がキライなんだろうな。
晩年のクレンペラーみたいなスローな演奏が好きなんだろう。 >>166
クレンペラー晩年の映像は凄いぞ。
演奏中にたまに腕の動きが止まって
「このまま永眠するんじゃないか」
とビクビクさせられる。 俺は第3楽章のクラリネット独奏の部分がすこぶる好き
>>171
あれはクラリネットがメロ担当で伴奏もクラリネットといういわばクラリネット二重奏
クラリネットのメロに対してフルートが合の手を入れる 174名無しの笛の踊り2018/07/28(土) 14:04:21.17
K.482の3楽章にも同様の箇所が見受けられる
モーツァルトは、1777年から1778年に就職活動のためマンハイムを訪問した。
就職には失敗したものの、この楽派の影響を大きく受けた。
交響曲第31番「パリ」は、マンハイムのオーケストラの管楽器の編成に影響を
受けて作曲した交響曲である。
マンハイム楽派はクラシック音楽における「交響曲」の成立に数多くの貢献をした。
それまでの急・緩・急の3楽章からなる構成から4楽章形式に変更し、
その第3楽章としてメヌエット・トリオを付加した。
また、ソナタ形式、強弱法などにおいても、その後の「交響曲」に大きな影響を与えた。
クリスティアン・カンナビヒ (1731-1798) からは、クラリネットをはじめとする木管の扱いで影響を受けている
交響曲 変ロ長調
ダウンロード&関連動画>>
@YouTube
交響曲 ニ長調
ダウンロード&関連動画>>
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後者のニ長調今はじめて通して聴いたがこれ「狩り」の交響曲だよね 終楽章がカール・シュターミッツの「狩り」とほとんど同じ
31番は本当にいい曲だね
デカくて颯爽としていて
もー言う事無い!!
>>173
そうそうこの部分。「天国ですか?」っていう感じ。 モーツァルトの交響曲は少々特異で、第2楽章はほとんどAndante。
ハイドンやその他の同時代の作曲家で多く見られるAdagioやLargoを使わなかった
第3楽章、やっぱりいいな。
どの演奏がダントツというわけではないが、
ベーム・ベルリンpoをよく聴く。
第3楽章、やっぱりいいな。
どの演奏がダントツというわけではないが、
ベーム・ベルリンpoをよく聴く。
第2楽章と第4楽章が好きな自分は少数派かな??
ところでこの第2楽章ってWIKIなんかでも二部形式って書いてるけど、
『展開部を欠いたソナタ形式』にしか思えないんですけど。
この曲で一番好きな演奏はベーム/ACOのモノラル録音だったりする
速いテンポで力強く演奏され、終楽章のトランペットが勇壮な感じを与える
これがBPO盤になると妙にゆるんだ感じでやる気が感じられない
>>184
「展開部を欠いたソナタ形式」
それはモーツァルトに限らず同時期の古典派音楽でよく見られる形式で
度々言われて批判も受けた上での二部形式なんですよ サヴァールが二枚組で出るようだが
一枚目:39 & 40
二枚目:40 & 41
という分け分からん構成
どうせなら38でも入れて欲しかった
>教えてもらった
聴いてみて一番良かったと言う意味か?
第三楽章以外の出来はどうでもいいので
第三楽章の出来が良いCDを教えてほしい。
俺はこの曲の第3楽章がすこぶる好き。特にオーボエソロの部分。
後期30番台の中でもマイナーな方かな。
39番単独では語られることは少なく、三大交響曲の中の1曲としか取り上げられない可哀想な曲。
個人的には好きな交響曲なんだけどな。
大好きな曲なので、いろいろ聴いたけど、
究極の1枚と言われれば、躊躇せずにこう答える
コリン・デイヴィス、ドレスデンがマイベスト
>>207
またお前か
ハルくん、ハルくん、うるせーよ
あちこち、荒らすんじゃないよ 味がある曲。聴けば聴くほど味が出るスルメみたいな。
音楽としての完成度は高いのだろうが、好きな曲としては順位下がる。
39番より、リンツ、プラハ、パリ、25番の方が好き。
躍動感、疾走感、溌溂さ、天才的閃き、爽快感最高、格別。
モーツァルトらしさ満載、39番を凌駕してる。
モーツァルトらしさとは何ぞや?と問われたら、上記のイメージですとしか答えられないが。
>>211
宇野功芳はリンツはモーツァルトの作品としては、
他の交響曲よりは一段階落ちると書いていた >>211
プラハは出だしがなんとなく重いのがなあ… >>211
逆に自分はモーツアルトらしさが溢れてると思ってる。
生々として美しい一方で下世話で楽しいモーツアルトのオペラを最も連想させるのはこの曲だな >>214
重厚な序奏と軽快な三楽章構成の形式が魅力のプラハ
プラハも39番も、カラヤン ・フォルハーモニア管弦楽団による古い録音をよく聞いた。
かなり後になってCD化されたが、元の音源が劣化しているのだろう、音質は悪かった >>218
スレが止まるから構うなよ
それとも本人の自演か? カラヤン、ベルリンの1970年に録音したものがベスト
ギーレン指揮南西ドイツの演奏はキビキビしていて聴いていて気持ちいい
>>203
> 俺はこの曲の第3楽章がすこぶる好き。
半分くらいの人はそうだろう 39番の定番ったらクーベリック/バイエルン放送響(SONY)だと思うわ。
各パートをよく鳴かせた名演。弦の瑞々しさは格別。
>>205
んなことねーべ39番有名だべ。別名、白鳥の歌と称される名曲だぞ。
30番台後半で敢えて駄作というなら35のハフナーな。駄作ってかまだ
作風に稚拙さが残る。 リスト「彼氏いないの?」
チャイコ「いるわけねえべ」
>>230
宇野は36番リンツが駄作だって言ってた 39はクラリコンやPコン27と共にモツ晩年期の傑作
澄みきった優雅な味わいがたまらん