「耳男をつれて参りました」
アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。
「アナマロはあるか」
「これにおります」
「耳男に沙汰を申し伝えよ」
「かしこまりました」
アナマロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。
「当家の女どれいが耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコをシ罪に処するが、耳男が仇をうけた当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」
オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。
「御親切は痛みいるが、それには及びますまい」
「うてぬか」
オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。
エナコの後へまわると、斧を当てて縄をブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。
アナマロが笑って云った。
「エナコのシに首よりも生き首がほしいか」
これをきくとオレの顔にチがのぼった。
「たわけたことを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラのシに首も生き首も欲しかアねえや」
こう喚いてやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。
顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬのに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。
そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して帰るだけだと考えていた。
有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。
一度うろたえてしまうと、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。
アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。
「アナマロはあるか」
「これにおります」
「耳男に沙汰を申し伝えよ」
「かしこまりました」
アナマロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。
「当家の女どれいが耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコをシ罪に処するが、耳男が仇をうけた当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」
オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。
「御親切は痛みいるが、それには及びますまい」
「うてぬか」
オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。
エナコの後へまわると、斧を当てて縄をブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。
アナマロが笑って云った。
「エナコのシに首よりも生き首がほしいか」
これをきくとオレの顔にチがのぼった。
「たわけたことを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラのシに首も生き首も欲しかアねえや」
こう喚いてやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。
顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬのに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。
そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して帰るだけだと考えていた。
有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。
一度うろたえてしまうと、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。