>>1 それは偽キリスト教だから
本当のクリスチャンは、聖書に従うから、基本的に偶像礼拝しません
この基本から外れている十字軍も偽キリスト教だとわかります
太平洋戦争が石油を手にするための戦争だったことはあまり語られない
アメリカのカトリック聖職者は精神世界を二つに区分し、
一方には聖書に啓示された教義をそのままに置いて、議論の余地なくこれに服するが、
政治の真理はもう一つの世界にあるとし、ここでは神はこれを人間の自由な探求に委ねたと考える。
アメリカの聖職者は市民的自由を全面的に支持し、信教の自由を認めぬ人々をさえそれから除外しない。
しかしながら聖職者が特定の政治体制に支持を与えることはない。彼らは注意深く政治問題の局外に立ち、
党派的関係に巻き込まれない。だから合衆国では、宗教が法律や個々の政治的意見に影響を及ぼすとは言えない。
トクヴィル 『アメリカのデモクラシー』
誰もが、この国における宗教の平穏な支配の主要な原因を、宗教と国家との完全な分離に帰した。
私は、アメリカ滞在中、この点で考えを異にする人間には、聖職者と平信徒とを問わず、
ただの一人も出会ったことがないと言って憚らない。
聖職者自身の考えを調べてみると、この人々の多くは自発的に権力から遠ざかっているようであり、
その外に立つことに一種の職業的矜持をもつように見えるのに気がついた。
トクヴィル 『アメリカのデモクラシー』
彼らは野心と不誠実に対しては、それがどんな政治的意見を装おうとも、口を極めて非難した。
だが、彼らの話をよく聞いてみると、人が真面目に信じるものであれば、
政治的見解を理由に神の前で罪とされることはありえず、政治において過ちを犯しても、
家の建て方や畝のつけ方を間違えるのと同じく、なんら罪ではないと言うのであった。
彼らはすべての党派から注意深く距離をとり、個人のあらゆる利害を傾けて、党派との接触を断っていた。
トクヴィル 『アメリカのデモクラシー』
宗教があらゆる不幸を隔てなく慰める感情にのみ支えられる限り、
それは人類の心を引きつけうる。宗教が現世の恨みつらみと混じり合うと、
愛というより利益で結びついた宗教の同盟者を守るだけのものになってしまうことがある。
そしてしばしば、宗教をなお愛しながら宗教の同盟者と激しく戦う人々を、
敵に回さねばならなくなる。宗教が為政者の物的なカを分かちもてば、
必ずや為政者のかきたてる憎しみの一部をも身に引き受けねばなるまい。
トクヴィル 『アメリカのデモクラシー』
アメリカの聖職者は他の誰よりも前にこの真理を認識し、行動をこれに一致させた。
彼らは、政治的権力を得ようと思うならば、宗教的影響力を放棄しなければならぬことを理解し、
政治の有為転変を共にするよりは、その支持を失う方を選んだのである。
ヨーロッパの不信仰者は、キリスト教徒を宗教上の敵というより、政治的な敵として追及している。
彼らは誤った信仰という以上に、一党派の意見としてキリスト教を憎むのである。
聖職者の中に権力の友を見てこれを退けるのであって、神の代理人を拒むのではない。
トクヴィル 『アメリカのデモクラシー』