明日が死後20年
有馬記念が近づくと
思い出さないわけにはいかない
「大川さんアーモンドアイ、どうでしょうか?」
「バカに良く見えますね〜」
井崎「令和=レイワ。「レイ」デオロと「ワ」ールドプレミアの一点。」
淑子「ワは一文字だけじゃないですか」
井崎「ーは伸ばしてるんじゃ無くて令和元年、1年の一だから。完璧なサイン」
大川「脩ちゃん、真面目にやらなきゃ駄目だよ」
有馬記念は大川氏の話では
2代目理事長だった有馬頼寧氏が
通勤電車の中で思いついたことだという
「プロ野球のオールスターとか日本シリーズとかみたいなことが競馬でできないか」などと
そうして1956年に開催された第1回中山グランプリを制したのはメイヂヒカリ
翌年2月に有馬氏が急逝したために以後は有馬記念と名前を替えて現在に至っているという
ヤマニンゼファー・カミノクレッセ△◎の安田記念で万馬券的中も、「まだ当たりじゃない」
恥知らずの水上学先生なら大的中扱い
神様に戒名は要らないから戒名付けてないってのが最高にかっこいい
いい人生だよ、坊さんは困っただろうが
ナリタブライアンが高松宮記念で負けたとき不機嫌で重い空気がスタジオに流れてた
競馬で儲けた週明けの月曜日は意気揚々と編集部に上がってくるが、その数は年平均5回
奥さんに財布を握られ、毎週土曜日の朝20万円を渡される。って事で年一千万円の小遣い
テンピンの麻雀で負けた際、清算時にぐずる
全ての社員に対し偉ぶらない←←ここは神
グラスワンダーが怪我する前から走法や馬体から怪我に悩まされるんじゃないかって本に書いていたのは流石だなと思ったな。
シルクフェイマスを「こんな牛みたいな腹した馬」って
異様に嫌ってたのを思い出す。
サクラバクシンオーは絶賛してたよな。
広告塔になってた予想会社に入ったけど、あんまり当たらなかった…
>>23 ユーワだっけ?
1000万取得ウンチャラって広告で、伊藤友康がやってたときに試しに入ってみたが全然当らなかった
素人以下w
>>24 ホースメン。3レース中2回の的中で五万円元手に200万目指すってやつ。自分が入った時は確か180近くまで行ったあと6連敗くらいしてたと思う。結局200には届かなかった。
先代のミスターシービーを生で見た人
単勝は1票しか売れていなかったらしい
ライアン!ライアン!は有名だがこっちは知らん人多そうだな
外からゴールドウェイ
(ウェイ!)
フォロロマーノを
大川「フォロロロマーノはですねぇ、、、」
実況「フォロロロロマーノが、、、」
存命なら3連単とかWIN5とかどう買っていたのか?
大川さんの口から「1頭軸でマルチにしないとダメですねーえぇ」とか「ここは3連複のフォーメーションで」とか
そうそう
大川慶次郎氏の死後に生まれた
JRAの女性騎手のデビューは
古川奈穂・永島まなみ両騎手が初めてなんだよなぁ
死んだ時70だったってのが意外
どう見ても80の間違いだろ
ケイシュウでの大川さんのフォントが好きだった。細字で少し斜めな感じ。
昔、短波ラジオを苦労して聞いてた
サンダーサイレンス産駒が出だした頃
「勝ち馬がサンデーの子ばかりですよ」
が印象に残ってる
フォロロマーノのことを必ずフォロロロマーノって言ってたこと
>>27 「ライアン!」の前週の「ルイテイト!」も味わい深い。